パンだ

ゆるくまったりと好きなことを好きなように

#6月24日は

帝王賞と同時に自分の誕生日でもある。帝王賞サーモタンブラー欲しい!

 

29歳になるわけだが、自分自身のことながら実感が無くて驚いてしまう。29歳。大人じゃん。でも、現実の自分は全然違う。月並みな言い方だけれど、「思い描いていた大人じゃない」。まあそりゃそうか。29歳の自分なんて想像できなくて、そもそも思い描いてなんてなかった。

その年齢の自分が想像できないのはその頃には自分はもう居ないから説をわりと信じていたし、なんなら今も信じているけれど、20歳になった自分も、24歳になった自分も、28歳になった自分も想像できなかったくせにちゃっかりきっちりその年齢を生きていた。大きな病気も怪我もしていない。明日どうなるかはわからないけれど、とりあえず2020年6月18日22時44分時点では無事。ありがたいの一言に尽きるわこれは。

 

これまでどうだった? 点数つけるなら何点ぐらい? なんて自分に問いかけてみようかと思ったけれど、やめた。わざわざ木曜の夜にネガティブのほうに突っ込むのは馬鹿げている。

良かったことはあるけどイヤだったことも結構あるし、色んなことちゃんとしてないし、普通の人が普通にできることができないという焦燥感やざわつきはまだ消えないし、やり直したいのにどうにもならないこともそれなりにあるし、「自分の人生まあまあ及第点に届いてるんじゃない?」なんてとても言えないのは明らか。自分に対して満点も及第点もつけてあげられない性格だっていうのはこれまででわかってる。

 

けれど、まあ、もう、別にいいんじゃないのか。いいよ、別に。

 

とりあえず帝王賞当てて良いスタート切りたいね。

食べたり飲んだり作ったり

ここ数ヶ月で食べたり飲んだり作ったりしたものの記録もどき。

 

油揚げにモッツァレラチーズを入れて、麺つゆで煮る。爪楊枝などは無いので、スパゲッティ1本をぽきぽき折って代用。お皿の縁が欠けているけれど気にしない。

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beergirl.net

 

時々かたまり肉を相手にしたい衝動に駆られる。

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dt125kazuo.blog22.fc2.com

 

1リットルの缶ビールを買って、ビール煮。

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www.sekiguchi2910.com

 

辛味チキン、柔らか青豆の温サラダ、ミラノ風ドリアの再現。赤ワインも用意して、アレですアレ。作り終えてさあ食べるぞ、という時にサイゼリヤのテイクアウトメニューにこれらが追加されているのを知って「この労力は一体……」としょげたけど、まあいいとしましょう。前日までは無かったんだよ。

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ameblo.jp

 

もつ煮込みを食べながらダービーを観たかったので。

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www.asahibeer.co.jp

 

AmazonのPrimeReadingを使ってみたら、印度カリー子さんの『ひとりぶんのスパイスカレー』というのがあって、見てみたらまんまと作りたく&食べたくなったっていう話。

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indocurryko.net

 

ほぼ肉。

 

お魚はお刺身、漬け(醤油だったりごま酢だったり)、南蛮漬け、酒蒸し、焼き、そんな感じ。

現地に行きたい理由

疲れたヲタクは考えた。

自分が現地に行きたい理由は何か。

 

1つ前の記事でぐだぐだ書いた後、そこまでなら行かなかったらいいじゃん、仕事じゃないし誰に強制されたわけでもないし、と思ったんだけど、でもやっぱり行きたい気持ちも無いわけじゃなくて、じゃあなんで行きたくなるの? って。

 

まあ単純に「そこに行ったことで目にすることができた光景にこれまで惹かれてきたから」かなあ。自分の場合は。至って普通。応援している騎手の勝利の瞬間に立ち会いたいっていうのもこの“光景”に含まれる。

行かなくても他の人がそれを目にして、あるいは写真を撮って、こんなことがあったと共有してくれる時代だっていうのにこんな理由で現地に行きたくなるというのもおかしいかなとも思うけれど。行かないことを選んだ日でも「行けば良かった」と後悔してしまう、そこまでの理由になりうるかと言われればなんか弱い気もするけれど。

 

たとえば。あんまりウィナーズサークルに寄り付かない自分だけど、他場のレースをターフビジョンで観る騎手の後ろ姿が好きだったり。

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ゴール後やけに着順気にするなあと思っていたら悔しそうな表情を浮かべた瞬間を見てしまったり。

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優しそうな表情で初めての出資馬の首筋をぽんぽんと撫でてくれる騎手が居たり。

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何度ももどかしい思いをしてきて掴んだ勝利で、いざ記念写真撮るぞっていうときに台から降りそうになる主役の笑顔だったり。

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もう戻ってこないとは露ほども思わず、先頭でゴール板を駆け抜けると期待して後ろ姿を見送ったり。

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そういうちょっとずつの光景を、実際に競馬場に足を運んで自分の目でちょっとずつ集めていきたくて、競馬場に行きたいと思うのかもしれない。

無観客競馬と疲れたヲタク

2020年2月27日、「【!】2月29日(土曜)以降の中央競馬の開催などについて」として当面の間無観客競馬が行なわれることが発表された。ダービー前日の5月30日現在、無観客競馬は6月28日まで実施され、7月4日以降の開催については改めて告知となっている。

 

文献上でしか知り得なかった無観客競馬に最初の頃は「どういうものかな」とそわそわしていたものの、これが数ヶ月続くとそろそろ現地で競馬観たいなーという抑えがたい衝動がふつふつと

 

沸いてる? ほんとに?

 

いや、ね、気付いたんですけど、無観客競馬にまつわる売上だの売店の存続だの競馬新聞や何やかんやは全部全部すっ飛ばして一旦脇に置いといて、自分ひとりの個人的な思いでいうと、無観客競馬って案外快適なのでは……? となってしまっているんですよね。自分でもこんな思いが芽生えるとは思ってなかったからびっくりしてる。

 

推しのメモリアル勝利を現地で観たい、その瞬間に立ち会いたいという欲望に突き動かされるまま開催日全通した自分も今となっては「あの頃はどこかおかしかったのかもしれない」と思うんですが、あの時におそらく「ヲタクは現場に居るもの」だと自他総じて思い込むことになったと思うんです。まあ他人の考えはその人にしか分からないから一旦横に置いておくけれど、少なくとも自分は「推しの勝利の場面をヲタクは現地で見届けているもの」だと思い込んでしまったんですよね。悲しいことに。後で自分の首を絞めることになって、しんどくなるとは知らずに。

 

 

 

……ってここまで書いて「ナシ! こんなことブログでもぶちまけるのナシ! 正しいヲタクじゃないし全然健やかじゃない」と下書き保存に葬った(葬ってない)のを発掘した。5月30日現在とあるからその時に書いたものと思われる。

 

なんだろうな、このとき、疲れていたのかな。

 

「ヲタクは現場に居るもの」と思い込んでいた自分が、競馬場に足を運んで観戦するのがしんどくなった理由は2つある。対ヒトが原因のものと、自分の感情に起因するものと。

 

前者は自分について言及した、とあるツイートを見たことで、その人がいる空間に自分もいることがだいぶ辛くなってしまった。競馬場って広いからたった1人とそうそうニアミスすることないんじゃない? と思いたいんですが、案外そうでもない。それが辛い。意外と、思ったよりも、予想以上に、ニアミスする。

もう関係の無い人だから気にしなくていいはずだけれど、自分は嫌なことを引きずってしまうタイプで、その人物を視界に入れると過去のそれを思い出してウウッとなってしまうダメな人間だから、そうするともう「好きなものを観に行くのに嫌な気持ちになるならもう行かなくていいか、自分が好きなことをするのを我慢すれば嫌な気持ちから逃げられるし」って考えてしまう。そして足が遠ざかる。

「もうちょっとあの人相手にうまく立ち回れていたらなあ」と思うことはあるけれど、過ぎたことは過ぎたことで、覆水盆に返らずというし、もうしょうがないと諦めるしかない。けれど、諦めきれないのが推しを見たいという欲ですよ。は~~~! つら~~~!

 

後者はうまい落とし所が見つかっていない。だって! 「家にいたい」という自分の感情 vs. 「現地に行きたい」という自分の感情だから!

 

300勝メモリアルを見届けたい&ここまで現地で見たなら残りも見届けようと全通するまでは、自分が行っていないときに大穴をあけるなんてザラで、それを持ちネタのようにしていたところがあったけれど、全通した後は勝ったときに現地に居ないことがすごく悪いことのような気がしていて。

「今日は家でのんびりしたい」のも、「推しの勝利を現地で観たい」のも、どっちも自分の正直な感情で、でもそれは自分の感情では両立しても実際にはどちらか1つにしか行動に移せないことで矛盾というか、ジレンマがあって、苦しかった。(「家でのんびりなんてしていられない! 推しがいるところに我は行く! だって好きだもん会いに行けるときに会いに行かなくっちゃ!」というタイプの人だと「何言ってるんだコイツは? 馬鹿か?」って見えるんだろうけれど……こういう怠惰な人間もいるんですね。ここに)

 

でも、今の無観客開催って観客は等しく「行けない」状態だから、現地に行っていない自分を自分で否定しなくていい。なんで今日推しが勝ったのに自分は家で休んでいるんだろう、行けば良かったけれど今日はゆっくりしたかったんだよな、行かないって決めたの自分だからどうにもならない、と鬱々としなくていいんですよ。あと、行っていないからそりゃそうなんだけど、現地にいるときの精神的しんどさが全然無い。これ、当然ながらすごく気が楽。自分にとっては。

 

いつだかこんなツイートもしたけれど、未だに折り合いついていないのが自分で情けないんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

……そう! 好きにしろってだけ。本当は。でも、好きにしたところで厄介なことに自分の感情はどうにもうまく収まってくれなくて後悔してしまう。

現地で見たいのも、今日は現地に行かずのんびり休みたいのも、もし勝って「現地に来て良かったー!」ってなるのも「なんで行ってなかったんだクソッ!」ってなるのも全部自分だから、結局自分との闘い。原因が対ヒトにあっても、どこにあっても。

 

これから先、もしかしたら自分が病気になるかもしれないし、金銭的に苦しくなるかもしれないし、自分が原因じゃなくても外的要因で競馬場に行きたいときに行ける環境じゃなくなるかもしれない。家族とか、仕事とか、そういう諸々で。

 

今の状況はいつかどこかで落ち着くか受け入れるかで、きっと競馬場に観客が入場できる日が来ると思う。そう願っている。ボートレース浜名湖は6月8日からサービス制限がありながら営業再開すると5日に告知している。遠くないか、もっとずっと後かはわからないけれど、競馬場もいつかそうなるだろう。

 

そのとき、自分はどうなるか。どう思うか。

現時点だと観客入れて開催となってもしばらくは様子見でネット投票とグリーンチャンネルWebで競馬を楽しむ方向でいこうと思っているけれど、きっとその時現地に行っている人をTwitterで見かけて「行けば良かった」と思うはず。そう思ったとき、また鬱々とするのか、よそはよそうちはうちと割り切れるのか。

 

わからないけれど、「ヲタクは現場に居るもの」と思い込んでいる自分とうまいこと折り合いをつけていてほしいと思う。ガキじゃないんだからね。頼むぞちょっと先の自分。

 

 

 

Twitterを辞めればまるっと解決するのは知ってる。

あと、行くことに重きを置くなよ、自分。

2020年の中山グランドジャンプ

おめでとう、シングンマイケル。金子光希騎手。」と記した次にこんな内容を書くことになるなんて予想もしなかった。キーボードを勢い任せで叩いている今だって現実感が薄い。

 

コロナウイルス感染拡大防止で無観客競馬での開催になって、自宅でテレビ観戦していた中山グランドジャンプ。メイショウダッサイやブライトクォーツなど強い馬が揃っていたけれど、シングンマイケルを応援している身からは、オジュウチョウサンを王座から引きずり下ろす最有力候補はシングンマイケルと金子光希騎手だと思っていた。

そんな希望はゴールする前に打ち砕かれた。「次走こそ」ももう無い。だってシングンマイケルはもう居ない。心臓発作か、心臓麻痺か、ともかくもう命の灯は消えたのだ。

 

不良馬場で障害レースということに不安は拭えなかったけれど、それでもまあ大丈夫だろうと思っていた。結果、シングンマイケルにとってそれが大丈夫だったかどうかはわからない。心臓発作で競走中止。レース中はそうだと知らなかったから、最終障害の飛越はできたけれど着地で滑ったものだと思っていた。滑ったのであれば、不良馬場が、雨が、と言える。心臓発作ももしかしたら不良馬場でタフさが要求されて云々と言えるかもしれないけれど、自分にはわからない。

 

現地に居なかったからか、繰り返しになるけれど現実味が無い。感情が浮遊している。たしかにテレビ東京ウイニング競馬のレース中継で、シングンマイケルが倒れて、金子光希騎手が落馬した、その光景は目にした。レースリプレイでも再び目にした。それでも「いやいや嘘でしょ」と言いたくなってしまう。嘘じゃないのに。この後きっと更新されるJRA発表の今日の出来事を見ることになるのだろうけれど、それでも嘘であってほしいと願いたくなる。

 

これまで夢だったのかな、って思ってしまう。夏の福島で2着で悔しくて、武士沢友治騎手の手綱でいつか勝つことを願っていたらセン馬になって障害に転向して、そうしたら金子光希騎手の手綱で着実にジャンパーとして開花していって、2019年の暮れの中山大障害を勝った。こんな物語の結末が心臓発作で競走中止って、そんな終わり方、あんまりだ。やりきれない。

 

「お疲れさま」も言える。「ありがとう」も言える。言えはする。でも信じられないし、信じたくない。

 

こんなどうにもならないグチャグチャな感情を残したくはなかった。

 

どうか安らかに。シングンマイケル。

2019年の中山大障害

本命は決まっていた。シングンマイケルと金子光希騎手。他にはもう見えなかった。1週間考えていたのは賭ける金額だけ。いつも通りに単勝複勝100円ずつのがんばれ馬券? ちょっと背伸びして、単勝1000円・複勝3000円? それとも、単複5000円ずつ? どれもしっくりこなくて、いつしか「単勝1万円か」と思い始めていた。この馬を、この騎手を、この大舞台で買うなら、今この瞬間しかないだろう、と。

 

シングンマイケルは、武士沢友治騎手を応援している自分にとって特別な1頭だった。300勝メモリアルをどうしても現地で見たくて、カメラと応援幕を引っさげて毎週土日競馬場に通った2年前。2017年7月2日の福島7R3歳未勝利。勝つと思っていた。シングンマイケルで300勝を決めると思っていた。でも、2着。

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現実は残酷だった。毎週競馬を見ていると、毎週勝っている騎手がいる。というのは誇張かもしれないが、それでも高頻度でコンスタントに勝っている騎手はいる。そんな人がいる一方で、なぜ武士沢騎手はこんなにも「300勝まであと1勝」に届かないのか。当の本人がいちばんキツい、ツラいのはわかっている。本人がいちばん「どうして」と思っているだろうということも。でも、外野も、ラチの外側から見ているだけの自分からしても「どうして」としか思えなかった。あと1勝。涙も出た。

 

「あの夏」に感じた「どうして」は今も胸でくすぶっている。300勝は達成した。重賞も久しぶりに勝った。2019年も現時点で9勝。個人的な見方だけれど、いい調子なのでは? と思う。でも消えない。どうして勝てないんだ、と何かわからないものに押し潰されそうになった夏の日のあの感情は薄らいできたとはいえ、まだ残っている。

 

そんなあの夏を思い出そうとすると一番に浮かぶのがシングンマイケルだった。その馬が中山大障害という大舞台を走る。それも2番人気。重賞2連勝している。鞍上の金子光希騎手は勝てば自身初のJ・GI制覇。しかも彼はいわゆるガンダ部だ(そらとぶおにいちゃん参照)本命にする以外の手はなかった。

 

ということで、マルターズアポジーマイルCS以来の単勝1万円を買った。日和っちゃいけない、と複勝は買わなかった(記念に単複100円ずつのがんばれ馬券は買ったけど)賞与も無ければ交通費も自腹の派遣社員には震える買い物だった。

 

パドック、はなみち、返し馬を経て、発走。見ていられなかった。障害レースにはどうしたって落馬の可能性は高いし、何より4100mの長丁場はシングンマイケル初経験。途中でずるずる下がっていく姿を見てしまったらどうしようという根拠の無い不安を拭えなかった。それでも、見ていられないと目をつぶりたくってもレースは始まっているし、実況はシングンマイケルの名を呼ぶ。ハラハラする。ドキドキする。がんばれ、と念じながら最後の直線で見たのは、先頭を走るシングンマイケルだった。「み゛つ゛き゛ぃぃぃ! マイケルがんばってー!」といま思えばだいぶ周囲に迷惑な声を出しながらシャッターボタンを押していた。そしてファインダー越しに見たのは、先頭のままゴール板を駆け抜けるシングンマイケルと、ムチがしなるほどの金子光希騎手のガッツポーズだった。シングンマイケルと金子光希騎手が中山大障害を勝った。

 

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夢みたいだ。シングンマイケルが中山大障害を勝った。ついでに自分の単勝1万円も当たっていた。あの夏から引きずる「どうして」はここで断ち切れると思った。そのための単勝でもあったから。勝てないこともある。あとちょっとが届かないこともある。乗り替わりもある。平地から障害への転換もある。あるいは、地方競馬でのリスタートもある。残酷な現実でもってズタズタに切り裂かれることもあるけれど、数年後に昇華されるときがくる、こともある。

あの夏で特別な1頭になったシングンマイケルは、今回の中山大障害を経てその特別さを自分の中で強めた。数年前の自分に言っても信じないと思う、マイケルが中山大障害勝ったよ、なんて。それでも、そんなことが起きるのが競馬だ。身をもって知った。知ることができて良かった、しかもシングンマイケルで。

 

まとまらない。当日の夜、まとまるようなものじゃなかった。それでも一旦ここに記しておく。どうにもならないグチャグチャな感情を残しておく。

 

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おめでとう、シングンマイケル。金子光希騎手。