当該ポストは削除したが、先日X(旧Twitter)にこぼした愚痴を記す。
数日もやもやして己で消化できなくて情けないんだけど。ジョッキーベイビーズでプレゼンターの騎手や関係者がウイナーズサークルに集まり始めたときに「◯◯さーん!」って大きな声で名前を呼ぶ人がいて、自分はそれがどうも納得いかなかった。いやいや今の主役は誰だよ? 場を弁えるべきでは? と。
その名前が自分の好きな対象だったから余計にイラッとしてしまった。そして、彼のファンってこういう行為をするんだな、と思われたら嫌だなって、身勝手ながらもそう思ってしまって、萎える気持ちも無くはなかった。自分自身だって決してマナーが良いとは言えないのにね。
でもこれまで模擬レースを観に行って馬券にサインを貰う人もいたり、セントライト記念の誘導馬に騎乗した帰りに「◯◯さーん! ◯◯さん格好良いです!!」と姿が見えなくなるまで叫ぶ人がいたり、なんか、げんなりしてきた。ただの同族嫌悪じゃん、って言われたら、それはそう。ぐうの音も出ない。
でも恥ずかしいことに、もやもやし続けてしまうのって、よくよく自分の感情を見てみればそういう風に振る舞えて羨ましいな、ズルいな、っていうのがあるのよ。うわ何だコイツと思いながら、いいなあ、とも思う。でもそれを嫌悪する自分もいる。
こういうもやもやを自分で解決できずに言葉にしてしまうのも良くないと思う。これってもう潮時なのかな。こういうこと言う奴がいる界隈って何も楽しくやれないもんな、と自分自身に対して思う。
競馬ファンと言ってしまうと括りが大きくなってしまうが、我ながら(ああーいるよねこういう競馬ファン)と思った。ウザい、というか、うるせーな、というか。そんなことを言う人。過去、自分より先に競馬を見始めていた人のなかで"きちんとしている"人がたまにこんな感じで苦言を呈しているのを、それを真面目だなあという気持ち半分、競馬ファンって大変だなあという気持ち半分で横目で見ていた自分を思い出した。そのとき若干の疎ましさを感じていなかったといえば嘘になる。そしてどうだ、いま同じにおいが自分の発言から漂っているじゃないか。すまない先人の皆様。そして過去の自分。古参ムーブと書きつつそこまでファン歴が長いわけではないが、同じ方向に進んでいる気がする。
でもやっぱり気になってしまう。どこの誰かも知らないが、空気を読んでほしいと思ってしまう。読まなくていいんだよ空気なんて……と思う自分もいる、いるんだけど、名前を叫んでしまえば、その名前の人のファンってああいう感じなんだな、と捉えられかねないと思ってしまう。そう思われたくないと考えている自分のこれは見栄かもしれない。もしくは被害妄想かもしれない。あと、多かれ少なかれ、嫉妬が混ざっている。その嫉妬は、己が勝手に自分自身に課した我慢が引き金になっている。これは本当に良くない。醜い。自分で勝手に"これはしないようにしよう"と決めた枠に他人を当てはめて、あまつさえそこからはみ出した言動を良くないものとして判じている。社会通念ならいざ知らず、マイルールで善悪を判断するなんて以ての外だ。
でも、やっぱり、許しがたいという気持ちを消しきれない。
しかし、そう言うこの口の、同担とはいえ赤の他人の行為に顔を顰める自分だって、その行為は褒められたものじゃない。お前が悪いと人を指してみろ、その手の中指・薬指・小指は誰を指している? 自分だよ。実際、ジョッキーベイビーズの敢闘賞プレゼンターとして登場した推しの姿を見たくて、でも前の人のほうが背が高くて全然見えなくて、何度も背伸びをした。隙間からちょっとでも見えないかときょろきょろした。姿を写真に収めたくて、腕を上に伸ばしてライブビュー撮影で何度もシャッターを切った。自分の後ろの人からしたら、この行為こそが迷惑なはずだ。声を上げる、その一瞬より、何度も繰り返す自分のこの行為こそが他ならぬその推しを汚して貶めているものではないのかと自分でも思う。必死過ぎてキモい。まさにそれ。
よそはよそ、うちはうち、と考えられなくなり始めた今が引き際ではなかろうか。立つ鳥跡を濁さずと言う。潔く、すっぱりと辞めるべきではないだろうか。推しを好きだという思いを抱えたまま、他人を自分の定規で測ってしまって、嫌だという気持ちをこれ以上大きくしないうちに、撒き散らしてしまわないうちに、これまで疎ましさをうっすらと感じていた言動を自分が繰り返してしまわないところで、去るのが最善ではないか。
どうなんだよ、まじで。