パンだ

ゆるくまったりと好きなことを好きなように

2020/11/23 徒然

たまには記事1つ1つに全力投球しなくても武士沢騎手のことじゃなくてもいいじゃない。ブログだもの。こっこ

 

ブッシー宅、だいぶ賑やかになってきた。ミニブッシープレコとヤマトヌマエビに加えて、コリドラスパンダ(通称パンちゃん)とネオンドワーフレインボー(通称レインボーくん)。

お迎えしてみたらコリドラスパンダが可愛い。元気で長生きしてほしい。ブッシーはじわじわと大きくなっている。コリドラスパンダが3匹群れているところに突っ込んでいったり、ヤマトヌマエビとのエサの取り合いにも動じなくなったり、水槽内で王者の風格を漂わせている(たまに暴君と化す)

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ブッシーにズッキーニ

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次第に色鮮やかになってきたネオンドワーフレインボー

うまく撮れたと思ったこのレインボーくん、よく見りゃ8匹中3匹がウ……している。なんてこったい。ごめんよレインボーくん。

武士沢をゆく

聖地巡礼。宗教的な意味合いのほか、昨今では映画やアニメなどのファンが縁のある地を実際に訪問することもそう呼ばれている。「縁のある地」――武士沢騎手のファンなら一度はやってみたい聖地巡礼といえば、そう、全国「武士沢」地名巡り。推しと同じ名の土地、行ってみたくない? 今回は2015年から2018年にかけて行なった私の聖地巡礼の記録をささやかながら残しておく。

※全国にある「武士沢」という地名と騎手本人との間にどんな縁があるのかは不明。

 

 

武士沢という地

2007年5月8日の河北新報『とうほく 地名の泉』で青森県三戸町の武士沢は「トリカブト採取する沢」と紹介されている。地名は漢方薬の附子=トリカブトからではないか、という。また、寛政年間の史料には「斗内村支村十四軒毒沢」と記されていたが、明治年間の史料には「斗内村の小字として武士沢」とあるらしい。同記事ではこの違いについて「明治の初めころに「毒沢」を忌み嫌い「武士沢」に変えたのだろう」と書いている(別の資料では、享和3年の仮名付帳では「毒沢一〇」、明治初年の新撰陸奥国誌では「毒沢一七」とあるみたいなので、武士沢はかつて毒沢であったのだろうと思うが、いつ頃に今の武士沢になったのかは今後の課題とする)

 

また、三戸町史の「三戸の伝説と民話」の章では、同じ三戸町内の貝守の「毒久保(ルビ:ぶしくぼ)」という場所に伝わる話を取り上げているが、ここにも「昔、毒矢に使用した付子(とりかぶとの根からとった毒)」と、トリカブトに関する記載があり、それが入った壺が出土したことで「毒久保というようになった」とある。

町内の遺跡を紹介する別項に「武士沢遺跡」があるが、ここでも「毒(ブス――トリカブト採集地)沢ともいう」とあるので、武士沢という地名は侍や武者の「武士」ではなく「毒」に由来するのだろう。

 

と、前置きはここまでにして。

 

 

2015年7月19日(日)

宮城県伊具郡丸森町武士沢

 

全国「武士沢」地名巡り1回目は宮城県伊具郡丸森町へ。前日は福島競馬場に行き、そのまま角田市に移動(某さんその節はお世話になりました)丸森町武士沢に行くには阿武隈急行丸森駅が最寄りみたいだけれど、当時は宿泊施設が見つからなかったので一番近そうな角田駅周辺のホテルで1泊。

 

翌日、始発で丸森駅に向かう。Twilogでその日のツイートを見てみると、5:44角田駅、6:04丸森駅という行程だった。

丸森駅から武士沢までの交通手段はレンタサイクル。丸森駅で無料のレンタサイクルがあるので、駅員さんに声を掛けて借りようとした……が。普通に借りられたのだが。始発で丸森駅に着いてレンタサイクルを借りようとする人に困惑する駅員さん。発したのは「今日中に帰ってきますか……?」もしかして何かを心配されてらっしゃる。心の中で単なる武士ヲタですアピールをして、実際にはコミュ障発揮してどもりながらの大丈夫アピールで、いざ出発。

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6:55、丸森大橋を望む

丸森駅から阿武隈川を渡り、齋理屋敷、伊具高等学校を経て、ひたすら上り坂を漕ぐこと約40分。丸森町武士沢に佇むバス停「武士沢」に着いた頃はもう汗だくだった。

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丸森駅から武士沢までのアップダウン

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チャリで来た

記念写真を撮って、帰りはシャーッと坂を下って約5分でふもとに到着。私の行きのあの苦行は何だったのだろう。あと、ここ5年でレンタサイクルに電動自転車が登場したのかな? 今度行くときは絶対電動自転車借りる。

 

その後はきちんと丸森駅にレンタサイクルを返却して、中京競馬場でその日1鞍入魂だった武士沢騎手(ナリタポセイドンに騎乗)の2着を見届けて、翌日のマーキュリーCのため盛岡駅まで移動。

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1着サウンドトゥルー、2着ナリタポセイドン

 

 

2015年9月21日

アリオンダンスという競走馬を覚えているだろうか。11番人気で1着になり、単勝6,180円だったあのレース、今の騎手名鑑で武士沢騎手が顔写真に使用しているあのレース。武士沢騎手が勝ったというのに、私は東北自動車道を北上していたあのレース!

ということで全国「武士沢」地名巡り2回目は福島県内を巡ることにした。

 

福島県に「武士沢」は4ヶ所、「ブシ沢」は1ヶ所存在する。当時、出発前に「ブシ沢」の存在を知らなかったため、この日は「武士沢」の4ヶ所を巡った。

特に書くこともなく、行程の7割ぐらいはただの道を移動(残り3割は山道)なので、写真を載せることにする。

 

福島県伊達郡国見町大木戸武士沢付近

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たぶんこの奥だけれどさすがに怖くて行けなかった

 

 

福島県伊達市保原町柱田武士沢

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「沢」が付く地名だけあって水がある

 

この辺り、走る車の助手席から窓の外を何ともなく眺めていると、電柱に何かを見つけた。どうしても気になったので引き返してもらって、とりあえず写真に収める。

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武士沢線とは

当時は何を示すものか分からなかったけれど、いまググってみると東北電力の電柱番号だとか。Google Mapのストリートビューでも見られますね。あと、伊達市の管理橋梁一覧表PDFが同じくググったところ出てきたから見てみると、「武士沢1号線」なる道路があると。ここのことなのかな。

 

 

福島県郡山市三穂田町富岡武士沢

 

ここはアルパカ牧場があるよ!

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アルパカ

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ミニチュアホースもいるよ

 

 

福島県伊達郡川俣町西福沢武士沢付近

 

3ヶ所巡って「よしこれで福島県内の武士沢は全部巡ったなーってもう1ヶ所あります忘れてました」となって母親の華麗なドライブテクでなんとか日が完全に落ちる前に辿り着いた福島県内「武士沢」最後の1ヶ所。頭が上がりません。

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夕暮れはきれいだった

 

 

2015年11月21日~11月23日

全国「武士沢」地名巡り3回目は北東北。秋田県青森県に行くため、まずは羽田空港から大館能代空港へ。

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この旅を一言でまとめるとコレ@羽田空港

 

秋田県北秋田市脇神武士沢

 

大館能代空港でレンタカーに乗り、すぐ近くの秋田県北秋田市脇神武士沢に到達。

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沢というより川

脇神武士沢を堪能したら鷹ノ巣駅に移動し、奥羽本線で青森入りして大鰐温泉で1泊。翌日弘前駅に行ってレンタカーに乗り換えて弘前観光(弘前城を見るだけ)の後、次なる武士沢へ。

 

 

青森県南津軽郡大鰐町八幡館武士沢

大鰐の武士沢は途中まで車で進んでいって、その後は自分だけ降りて徒歩で武士沢まで近付いていったのだけれど、道路のぬかるみに何か獣の足跡らしきものを見つけて「何かわからないけど怖すぎる」とすぐさま引き返して移動した記憶。場所はちょっと離れていたけれども、翌年にクマ獣害事件のニュースを見たときはぞっとした。

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これ以上行ったらヤバいな、と思った

 

この段階で地名「武士沢」は残すところあと1ヶ所のみ、しかも武士沢発祥の地らしい三戸町斗内武士沢だけ。工藤パンイギリストーストで腹ごしらえをしつつ、鹿角街道(三戸鹿角街道)をひた走る。道半ばで日没を迎えたり、途中で雪降ってきたり、ハラハラしながらの峠越えだったけれど、三戸駅(といっても所在地は南部町)近くの旅館に安着。

北東北最終日はいよいよ三戸町斗内武士沢へ。

 

 

青森県三戸郡三戸町斗内武士沢

斗内武士沢に向かう朝、びっくりしたのは雪。11月なのに雪が降っているというのは埼玉県民からしたら信じられなかった。

 

高鳴る心臓を宥めながら斗内武士沢に到着した聖地巡礼のピークを迎えたヲタク、三戸町コミュニティバスの「武士沢集会所」バス停を撮ったり、深呼吸したり、武士澤橋や武士沢地区の看板を撮ったり、深呼吸したり、色々不審な行動を取ってしまう。

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降車ボタンを押したいバス停第1位である

角川日本地名大辞典三戸町内を流れる熊原川に「武士澤橋」が架かっていると書かれていたのだけれど、やっぱりその場に行って武士澤橋が架かっているのを見ると感動した。推しと同じ名の橋は実在した。

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武士沢騎手のサインと記念撮影

いやー、良いねえ、聖地巡礼ってのは……!

なお、この時にどえらいボーナスステージもあったけれどそれは割愛。

 

達成感に包まれたヲタクは、満たされた心を抱えて三戸町図書館へ移動。そして広報さんのへ掲載の武士沢100万円寄付記事を複写し、三戸城に行き、八戸の八食センターで海産物を焼き、二戸駅で帰途につきました。

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講演もいつか実現してほしい

 

後ろ髪を引かれる思いで三戸町から離れたこの時はのちに何度も三戸町に訪れることになるとは思わなかった。寒立馬の尻屋崎観光の経由地として来たり、もういっそ働くかと転職の面接受けに来たり、人間どんな行動を起こすか分からないものだ。面接は落ちた。

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面接日のシャモロックかけめし丼定食@道の駅さんのへ

 

……と、ざっくりとしているけれど、これが私の聖地巡礼・全国「武士沢」地名巡りの記録。

もうちょっとちゃんと「武士沢」とか地名の成り立ちについて調べてから行けば良かったかもしれないと当時は思っていたけれど、行けるときに行っておかないと、ましてやこんな意味が分からない行程とかは特にノリと勢いがあるうちに実行しないと何だかんだでやらないものだから、これはこれで良かったのだと思うことにしている。

 

気になる場所にはとりあえず行ってみるのが一番!

 

 

 

番外編

2017年05月03日~5月5日

全国にある武士沢地名はすべて行った! と思うと出てくる出てくる武士沢のあれこれ。で、再度北へ向かうことに。GW真っ只中で新幹線予約もしていなかったけれど座れることを願い、東京駅から東北新幹線に乗車。

まずは新花巻駅で下車し、レンタカーにて毒沢城跡に行く。ちなみに読み方は「どくさわ」で、武士沢と関係無いようにも思うが一応。毒沢城跡までは駐車場っぽい場所から遊歩道を0.5km進んだが、全然歩道じゃなかった。山菜採りの女性も居た。

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見晴らしが良い毒沢城跡

 

お次は岩手県花巻市大迫町内川目の武士の沢バス停。岩手県交通早池峰線が通っていたところ。

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早池峰線は2018年12月29日運行終了とのこと

これで秋山ブシ沢というドキッ13期だらけの川俣町を残すのみ(たぶん)。

 

 

2018年09月08日

福島県伊達郡川俣町秋山ブシ沢を目指して、ふたたび東北道をひた走る。途中、鏡石町のナストロに寄って食事をし、目的地へ。

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美味しいサラダと美味しいピザ

 着いた。

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正確(?)には大字秋山、字ブシ沢らしい

帰り道は秋山ブシ沢でUターンせずに霊山松川線を北上し、接続する国道115号を通って福島競馬場に寄り道。ここまで来たならと凍天を食べて帰路についた。

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秋山ブシ沢といえば西のガノタ・東のガノタ

 

全国「武士沢」地名巡り、一旦ここまで。

 

ここのところの鬱屈したネガティブ感情

気にするなと言われても気になってしまって、気にしてしまう自分がイヤだから気にしないようにしたくても、結局気にすることを気にしないようにできない自分が気になってしまって、悪循環に陥って抜け出せないことが多々ある。

 

よく読むブログ主さんがいた。身内や職場とかのオフの繋がりではなく、TwitterInstagramでフォローしたりというわけでもないけれど、ブログをブックマークに入れていて今日は更新しているかなーと訪問するような感じ。

それがあったのはちょうど入籍した頃で、それをツイートしていて、いつもはふーんどうでもいいやとスルーするパートナーとか結婚とかそういう話に敏感になってしまっていたんだと思う。

ほんと、タイミングとかたまたまとか偶然ってときどき酷い。

 

「△△できないって言うけど□□できてるじゃん」と書かれているのを見て、思った以上に強い力で殴られたようで、しんどくなってしまった。なんでしんどくなったのか、その時はわからなくてしばらく「???」状態だったんだけど、最近うっすら見えてきた。

「□□できたら、△△できないって言うのはだめなの? △△できなくて苦しくてイヤになってるのは甘えなのかな? 自己満足のために自己嫌悪に浸っているだけ?」みたいに、自分のツラさを無いものにされたと私は受け取ってしまったみたいだ。身内や知り合いでもない人にツラさを否定されたところで、いつもなら別にどうでもいいはずなんだけど、時期的に悪いタイミングだったんだろう。当然ながら向こうは私のことなんか知る由もないから結局は私が勝手にショックを受けているだけ。

自分の考え方ひとつの問題だと、自分で自分のしんどさやモヤモヤと決着つけなきゃいけないから厄介だと思う。

 

私は、結婚するのも普通、結婚しないのも普通、子供を作るのも作らないのも、離婚するのも離婚しないのも、別に何だって普通じゃないのか、と思っている。普通とか普通じゃないとかにこだわるのって苦しい。

自分自身を縛っているのは「これは普通」「これは普通じゃない」という自分のその思い込みなんじゃないのか? とも思ってしまうし、普通・普通じゃない・人並み・当たり前にがんじがらめになっている人ってもしかして無意識下で普通じゃない自分をどこか特別視しているのかな、とさえ思ってしまう。「自分はひとりで生きていける」みたいな感じで……もちろんそれが望んでか望まずかは当の本人にしかわからないし、苦しさもわからない。でも、うまく言えないけど、見下されていると思っているようで見下しているというか、羨むのではなく……ううんうまく言えない。

……とか言うけれど、普通のことを普通にできないというのはしんどいっていうのもわかる。難しい。こういうことって他人を指差しているつもりが自己紹介しているよね。

 

とか色々しんどくって感情の起伏が激しい自分に自分が振り回されているうちに引っ越して2ヶ月ぐらいが過ぎた。家事を共同ですることにうまく対応できなくて辛かったり、職場でも家でも1人じゃなくて誰かが居ることに疲れてしまったり、全然ちゃんとできなかった。

29歳になってここまで連日人前で涙が出るとは思わなくて情けなくて情けなくてもしかして同居は失敗だったのかとも考えてしまうこともあった。実際に選べるかどうかは置いといて、別居婚という選択肢もあったな、とか。

夫もだいぶキツいと思う。感情の起伏がジェットコースターみたいな人間が居るんだもの。こっちも泣きたくて感情を荒立たせたくているわけじゃないんだけど、自分でどうにも制御できない。そういうときって大体コミュニケーションができていないし。伝えたくて喋りたくても、頭の中はたくさんたくさん言葉が渦巻いているのに、それを捕まえて声にのせることができない。黙ってしまって、不甲斐なくて情けなくて、こんなのはイヤだ、と思うと、そう思えば思うほど、喉は締まって内臓もキュウキュウして、泣きたくなんかないのに自分の意志と無関係に涙が流れてしまう。

先日はついに「どうしてそんなクシャクシャな顔してるの?」と心配してくれた夫に「私だってわかんない」「ちゃんとしたいのに全然できない」と普通のことを普通にできない自分に対する苛立ちを爆発させてしまった。

失格だ、こんなの。

 

これまでの経験から、寒い時期にメンタルよわよわお豆腐ちゃんになりやすいのがなんとなくわかってきたから、気持ちの切り替えを早くできる方法をいくつか用意しておくことにする。あと、失敗したくない、というこれまでの思考回路はやめて、しくってもいいからリカバリーできればおk的な考え方に軌道修正したいねー。

競馬と入籍と私

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こういう話題に合いそうな武士沢騎手の写真を探したら、2017年10月7日東京5Rのハローダーリンを撮っていたので載せてみる。

 

ということで、入籍した。

 

プロポーズを受けてからしばらくして、一旦冷静さを取り戻した頭に浮かんだのは「競馬、行けるの?」だった。

 

暮らしが変われば余暇もおのずと変わる。相手が元から競馬ファンならいざ知らず、出会った頃は「競馬の存在は知っているけれどやったことないしやるつもりもない」という感じだったから、今まで通りに行けるとはさすがに思わなかった。

ある程度行かない日もしくは行けない日が出てくるのも想定できたが、せめて武士沢騎手の重賞(GI騎乗なら尚更)は観に行けるだけは行きたい。

 

だからダメ元で思いきって聞いてみた。「私、結婚しても競馬続けたいんだけど、いい?」「武士沢騎手が重賞乗るときは可能な限り行きたいんだけど、行ってもいい?」答えは「いいんじゃないの。俺も趣味続けたいし」

 

競馬行っていいんだ。びっくりした。

それと同時に、他人と生きていくってこういうことなのかな、とも思った。

 

私は他人に合わせられない。他人の感情を汲み取ることもすごく苦手。2人以上居る空間はイヤだ。朝起きたら誰かがいるということすら抵抗感があった。他人と生活をともにすることには親の離婚やら何やらで良いイメージを持っていないし、結婚願望ももちろん無かった。ずっとひとりで生きて死ぬものだと思っていた。だからそういった自分と他人と対話を通して物事を決めていく努力(という表現は適切ではないが努力以外の言葉が出てこない)に対しての心構えがゼロだった。

 

自分の希望を伝えるのは好きじゃない……というか可能な限り避けたい。断られたらどうしよう、断られたときのあの嫌な感覚を味わいたくない、私の希望を伝えたときの相手の反応が怖いといった我が身可愛さが理由だからしょうもないが。

でも「自分はこうしたいんだけど、そっちはどう?」みたいなコミュニケーションを苦手だといって拒んでいたら話は進まない。「どっちでもいい」「あなたに合わせるよ」と言っていたいけれど、多分そうじゃない。恐らくきっと多分もしかしたらこれから長い付き合いになる可能性があるかもしれない相手だ。好きじゃなくても「私は」と自分を主語にして伝えてみて、それから考えるほうがいいのかもしれないと自分の姿勢を改める機会になった。

まあ、改めると言ったところで私はどうしたって私なので、亀の歩みのように少しだけだけど。今のところは。

 

いまだに理想の夫婦像が自分の頭で思い描けないし、私は自身の性格・特性が他人との共同生活に向いていないと思っているから、まだまだ不安は尽きない。

ただ、どんな形かはわからないけれど、友達だろうと何だろうとこの人と付き合いが続けばいいなと思っていたところの今回の事態なので、相手のこと、これからの生活、いろんなことを大事にしていきたい。コミュニケーションもとっていこう(と言いつつ結構な頻度で実行できていない)

まあ、無理せず、自分ができうる範囲で。

 

って、ここまで書いてふと思ったが、相手は私が武士沢騎手300勝メモリアルを追っていたときから付き合いがあるし(当時はわかっていなかったようだが)、毎週がんばれ馬券を買っていることやその成績、武士沢騎手の記事を収集していること、武士沢地名巡りをしたことも、だいぶ知っているからもうすでに競馬のことも織り込み済みだったのかもしれない。あと、気付けば毎週「三浦さんのがんばれ買っといて」とか「3連複の5頭ボックス買う」とか「江田照男田辺裕信吉田豊は爆発三銃士」とか言っているな? これはもしや……?

 

まあ、先のことを案じていたってなるようにしかならないし、人は変化するので、程々にゆるゆると素直な心で付き合っていきましょ。

 

で、できるだけ、ね……(予防線)

 

前回の記事で特に気にせず「結婚を機に」と書いたのだけれど、それを見つけてくださったのでしょう。ツイッターでリプライをくださった皆さまありがとうございます。

※2020年9月20日追記:ペイシャフェスタ武士沢騎手が勝ったときのツイートでもリプライくださってありがとうございます。受け取ったぜ推しからのご祝儀!

ブッシーを飼うことにした

2020年9月12日、制限付きでJRAは営業を再開した。購入できるレースや営業時間は無観客競馬前とだいぶ違っているけれど、たしかな前進だと私は思う。けれど、まだ、競馬を開催している競馬場に足を運んで、競走馬が周回するパドックを見て、本馬場入場を追っかけてスタンドへ小走りで移動して、柵を掴んだりカメラを構えたり祈るように手を組んだりしてレースを見届けて……という以前の"普通"には程遠い。競走馬を、騎手を、厩舎を、現地で応援することはまだ叶わない。こんな記事を書きはしたが、正直寂しい。私はやっぱり武士沢騎手をこの目で見て応援したい。ブッシー! って叫びたい。この寂しさを埋めるにはどうしたらいいのだろうか。

 

飼えばいいじゃん、って気付いた。

 

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飼った。

 

 

2014年12月29日にツイートしてから約5年半経て、ついにブッシープレコを我が家にお迎えした。感無量である。

……なんて自分の手柄のように言ってはみたものの、実際自分は何もしていない。結婚を機に相手と一緒に住むことになり、引っ越したら部屋が広くなって、何か飼おうという話が持ち上がった。私は生き物を飼った経験が無かったから、水生生物の飼育は百戦錬磨(たぶん)の相手におんぶに抱っこ状態、水槽の用意から何から何まですべて他人任せでこの度の飼育が実現した。

 

私は武士沢騎手をブッシーと呼ぶことに若干の気恥ずかしさを抱いているが、ここでは気兼ねなく「ブッシー」と呼ぶことができている。エサを落とすと、大抵同居のヤマトヌマエビのほうが反応が早くて、ブッシーはエサに辿り着けない。そんなときはもう直線で他馬に置いていかれる武士沢騎手を見ている心境になる。「ブッシー早く!」「ああもうブッシーったら!」「君は武士沢か!?」エサの時間、私は競馬場にいる気持ちになる(ならない)

 

そんなわけで、水槽にはいま登場したブッシープレコとヤマトヌマエビがいる。

 

ブッシーと、エビ。

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ブッシーと、

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エビ。

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ここが競馬場だ。

参考文献まとめ

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推しの来し方行く末を本人が語る言葉で知りたいという思いはあれども、天地がひっくり返らない限り、いやひっくり返っても、本人からそれを聞くことは夢のまた夢だ。現世と来世、来来世でびっくりするような徳を積めば、来来来世あたりでもしかしたらチャンスが訪れるかもしれないと夢想するが、推しが生きているのは来来来世ではなく1978年2月9日からの今この時、現世である。ならば、どうするか。そうだ、インタビュー記事を読もう。

 

雑誌・書籍など 

「J File 素顔の騎手がここにいる(35)」『週刊Gallop』2008年2月3日号

…写真が可愛いぞい!(雪だるまと写っている)自衛隊色が強い。余談だけど、新卒で入った会社の協力会社の方から「武士沢が載ってたからあげるよ」とGallopを1冊まるっと譲っていただいたもの。営業職は合わなかったけれどこの時ばかりは感謝した。

 

小島友実「小島友実の好奇心keiba それ行け!現場 ジョッキー編 vol.60 武士沢友治騎手」『競馬ブック』2008年10月4・5日号

トウショウナイトへの想いや、自身のポリシーが綴られている。この時に武士沢騎手を知っていたかったとは思うけれど、後からでも読めて良かった。コジトモさんありがとう。

 

平松さとし「競馬人 平松さとしのホースマン・クローズアップ vol.68」『競馬ブック』2010年7月31日・8月1日号

…若手だった時のことが書かれていて、そういう時代があったとはちょっと驚いた。いや、あるか。あと、ちょっとしたプライベート情報が書かれている。ちょっとしたことだけど。

 

「100万馬券男のハメ技 武士沢友治谷中公一『大穴の騎手心理 ジョッキーの思考がわかれば激走パターンが見えてくる!』競馬王新書(白夜書房)、2011年10月

…ハメ技とかやめてよぉ! というのは置いておいて、騎手ってこういうこと考えてるんだなあ、という面でもおもしろかった。しかし、いまだに私には武士沢騎手の激走パターンは見えてきていない。ダート替わりと初ブリンカー

 

「地元のスポーツ振興に 武士沢騎手(JRA)4年ぶり里帰り 三戸町に100万円寄付」『デーリー東北』2013年6月13日

「武士沢騎手が100万円寄付 子どもたちのスポーツ振興のために」『広報さんのへ』2013年6月号

…この記事探しに三戸町立図書館(デーリー東北は国会図書館)に行って複写してきたけれど、まだバックナンバー見られるのかな? 私はここに書かれている前町長の「ぜひいつか子どもたちの前で講演してほしい」の実現を待っています。三戸町ふるさと応援大使に就任したことですし(広報さんのへ 令和元年12月号参照)

 

平松さとし「ジョッキーの肖像 第49回 武士沢友治騎手」『サラブレ』2015年10月号

…武士沢騎手というとやっぱりトウショウナイトベンチャーナイン、アルコセニョーラなんだな(今だと8年ぶりの重賞勝利ということでマルターズアポジーも追加されそうだけど)

 

小島友実「小島友実の好奇心keiba それ行け!現場 美浦トレセン編 vol.127 武士沢友治騎手」『競馬ブック』2017年3月18・19・20日

マルターズアポジーのこと、騎手を取り巻く環境の変化のこと……。読み応えあるし、考えてしまう。マルターズアポジーに抱く自信が伝わってきて読むとニヤニヤする。コジトモさんのブログ記事でこぼれ話も読めてうれしい( ˘ω˘)

ameblo.jp

 

以下は雑誌だけれど、詳細不明のもの。調べます……。

「競馬でいいとも! 騎手に広がる友達の輪! 小島太一騎手からの紹介 武士沢友治騎手」

…結婚についての質問もあって、あらあら♡

 

「素顔の騎手が好き♥ 機動戦士ガンダム戦場の絆バンダイナムコに出撃だ!」

…金子騎手のブログ記事によると馬券ブレイクとのこと。

バンダイでバンザイ | 金子光希オフィシャルブログ「そらとぶおにいちゃん」Powered by Ameba

ガンダ部の写真です。 | 金子光希オフィシャルブログ「そらとぶおにいちゃん」Powered by Ameba

 

「keiba02競馬ゲーム特集01 田中勝春VS武士沢友治!!」

…keiba02ってあるから馬券ブレイク増刊号かもしれないけれど曖昧。「あなたにとってダービーとは?」にも武士沢騎手の回答が載っていた。たぶん同じ雑誌。

 

Webで読める記事・対談など

2005年

虎馬《矢沢TM》

 

2006年

競馬Lab-トークダイナマイト

 

2009年

第1回の対談相手は、武士沢友治騎手です!|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

ブッチャけモード全開! 武士沢騎手との対談・中編です!|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

『トウショウナイトに教わったこと』 武士沢騎手との対談・第3回です|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

昭和の臭いのするプロフェッショナル・武士沢騎手との対談(最終回)です|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

 

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3年ぶりの登場! 武士沢騎手との対談がスタートします!|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

距離適性と芝とダートの見極めはどちらが難しい? 武士沢騎手に聞きました|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

今月のサラブレ本誌の巻頭インタビューには感慨深いものがありました|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

武士沢騎手にプライベートな面とファンサービスについて伺いました|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

 

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【300勝達成】武士沢友治騎手(2)『癖の強い馬に乗ることの多い騎手のホンネ』 - 東奈緒美・赤見千尋 | 競馬コラム - netkeiba.com

【300勝達成】武士沢友治騎手(3)『馬術部の思い出からガンダ部まで…プライベートな質問特集』 - 東奈緒美・赤見千尋 | 競馬コラム - netkeiba.com

【300勝達成】武士沢友治騎手(4)『知られざる……ジョッキー・武士沢友治の真実』 - 東奈緒美・赤見千尋 | 競馬コラム - netkeiba.com

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【対談・武士沢友治騎手①】今回のゲストは7年ぶりの登場・武士沢騎手です! |西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

【対談・武士沢騎手②】馬に生かされているからこそ、馬に対する思いを忘れてはいけない|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

【対談・武士沢騎手③】育てるという意識で、馬にできるだけ時間をかけるべき|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

【対談・武士沢騎手④(終)】日本独自の制度ができれば、エージェントはあっていい|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

 

2020年7月15日時点で思い出せるのは以上。抜け漏れが多々あるだろうし、読んだことがない知らない記事もたくさんあるはずだから、追加していったり新たに記事探しに行ったりできたらいいな……。

どこが好きなの?

応援している騎手について、その魅力や好きな理由を尋ねられるとどう答えたものかと結構迷ってしまう。なぜ武士沢友治騎手のファンなのか? そんなの私じゃなくてぶっしーに聞いてくれ。

 

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とは言ってみるものの、先日インタビュー記事を読み返していて「ああ、だから好きなんだよな」という思いを再認識した。

そりゃ、リーディング上位に行きたいし、もっと表舞台に立ちたい思いはあります。でも僕は元々、地味な存在だし、そんなにうまく事は運ばない。じゃあ自分の仕事は何かって考えた時に、与えられたことを地道にしっかりやって、あとは流れに任せる。これが自分の生きる道だって気付いたんです。

 ―小島友実「小島友実の好奇心keiba それ行け!現場 ジョッキー編 vol.60 武士沢友治騎手」『競馬ブック』2008年10月4・5日号

私は武士沢騎手のこういう姿勢を格好良いと思っていて、好きだ。なんというか、人間くさいところ。

 

そもそも私は騎手の方々を人間離れしていると思っている節がある。

自分がレッスン体験程度でしか馬に乗ったことがないからかもしれないけれど、騎手って馬に乗ってるし、勝負の世界に生きてるし、馬に乗ってるし、めちゃくちゃ稼いでるし、あんなスピードの中で進路見つけたり駆け引きしたりしてるし、とにかく馬に乗ってレースしてすごい(語彙力……)人間じゃない(言い方……)というイメージがある。だって怖いでしょ普通。競馬を見始めて10年が経とうかとしている今でもそのイメージは持続中だ。

だから尊敬だとか好きだとか、そういう感情を持つのは住む世界が違いすぎてあんまり馴染まないと思っていたんだけど、なぜか武士沢騎手は違った。「騎手も人間だ」と思えるジョッキーだった。

 

イチ観客が言うのはとても失礼ではあるけれど、色々なインタビュー記事を読んでいると「こうありたい」と「でも」の差を最も強く感じているのは誰でもない武士沢騎手自身なんじゃないかと思ってしまう。

前出の記事が書かれたのは2008年で、私はまだ競馬のケの字も知らなかったからこの時の武士沢騎手がどうだったかはわからない。けれど、当時30歳でデビューから11年目なら願望と現実との狭間でモヤモヤすることもあったのではないかと思う。あと、2008年10月だとトウショウナイトとの別れがあった後だ。それでも腐らず辞めず、現実を見据えて、自分の役目を果たして、それを今日まで続けている芯の強さに惹かれる。弱くて甘ったれな私には到底できないことで、だからこそその姿に胸が打たれる。

 

この武士沢騎手のインタビュー記事は何かの折に読んでいる。この間は、自分の誕生日に来年は30代なのにこれじゃ全然ダメだなーって現在とか将来とかへの不安が浮かんで、思わず手にしていた。この記事を読むと、勇気付けられたり背中を押してもらえたりというのとはまたちょっと違う、うまく言えないしあまり前向きではないけれど、怯んで後退りしそうな脚に力が入るというか、「もうちょっと踏ん張ってみるか」という気持ちになれる。

 

そして前出の記事から9年後、再び小島友実さんが武士沢騎手のインタビュー記事を書いている。ここで武士沢騎手が語る言葉もまた、心臓を鷲掴みにするものだった。

僕は操作や気性が難しい馬に乗せていただく機会が多いので、この馬に乗って怪我をするかもとか、騎乗停止になったらという不安が多々よぎります。でもレースに行く前に、“大丈夫。なんとかなる。どうにかする。何かあったらその時だ”と、気持ちを切り替えます。それでダメなら結果を受け入れ、次に乗り替わりになったとしても、他の騎手がどう乗るかを直視して勉強します。

 ―小島友実「小島友実の好奇心keiba それ行け!現場 美浦トレセン編 vol.127 武士沢友治騎手」『競馬ブック』2017年3月18・19・20日

 「どうにかなる」じゃなくて「どうにかする」。こだわるところじゃないかもしれないけれど、この言い方にハッとさせられた。

どうにかすると自分で掴みに行くその向き合い方(まあ、なんとかなる、とも言っているけれど)どうやって言えばいいか適切な表現が出てこないけれど、たとえダメだとしても結果が出るまでは自分のできることを自分の精一杯でもってぶつかって取り組んでいく姿勢に、武士沢騎手のやっていることやスタンスと自分とを比べたら勇気付けられるとかそんな全然おこがましいけれど、背筋が伸びる思いがする。

 

それにしても、武士沢騎手が語る中には苦しいとかそういう言葉がよく出てくる。

楽しい時もあるけど、ほぼ苦しいんじゃないかな。いつも切羽詰まった状況ではやってます。安心したことはないですね。今年ジョッキーやめることになったらどうしようって毎年思ってるから。そのくらいの覚悟がないとやれないでしょ。安泰って思ったら終わりでしょ

穴男・武士沢友治の武士ロード! - 常石勝義 | 競馬コラム - netkeiba.com

僕なんかこれから峠というか、毎年峠のような気がして。1回も安心した年が無いんですよ。
1年目からジョッキー辞めなきゃいけないって出来事もあったし。それを考えれば、1回2回は死んでるから頑張るか、みたいな。

競馬Lab-トークダイナマイト

「勝てない…、勝てない…」って自己嫌悪に陥って、自分に嫌気が差してきて(苦笑)。

【300勝達成】武士沢友治騎手(1)『王手をかけてから148連敗 今だから語れる“300勝”』 - 東奈緒美・赤見千尋 | 競馬コラム - netkeiba.com

若いうちは、のたうち回るほどストレスが溜まることがありました。冗談抜きで、本当にもう言葉にできなくて、のたうち回るしかない感じなんです。それが未勝利とか500万とか関係なくて、勝ちたい。10着、10着、そして2着で、一気に変わり身を見せたと思ったら、次は違う人というときは、もうのたうち回りました。でも、それが今は冷静に考えられるようになったかなぁ。

【対談・武士沢騎手④(終)】日本独自の制度ができれば、エージェントはあっていい|西塚助手|競馬予想サイト サラブレモバイル

若い頃から多くの乗り替わりを経験してきました。この20年、騎手として嬉しいと感じたのは1割くらいで、あとの9割は悔しい思いばかり。

 ―小島友実「小島友実の好奇心keiba それ行け!現場 美浦トレセン編 vol.127 武士沢友治騎手」『競馬ブック』2017年3月18・19・20日

ファンとしてはこういうのを読むと、もうちょっと、こう、自分に嫌気差さないで、こうなんというか……! と言葉にしがたい思いが湧き出てくるけれど、良いのか悪いのかはさておきそこも惹かれる魅力のひとつ(のはず)

 

……と、武士沢騎手の好きなところを書き残しておこうと思い立ったはいいものの、こんなに好きなんだからすらすら書けるだろうなんて考えは甘かった。言葉にするのは難しくて、言いたいことのひとつも言えてないような気がする。

 

3年前のnetkeibaの記事で今はまだあきらめていないと「俺のジョッキー人生は終わらない」と言っているから、まだまだ騎手・武士沢友治は見られるはず。そしてもっと好きになって、一層応援する気持ちが強くなるかもしれない。できればGIを獲るところを見届けたいけれど、もしもそれが叶わないとしても、今の競馬界で人間くさく生きていく武士沢騎手の競馬を見ていけたらと思う。